46番街

思ったことを書きます。

202509欧州旅行その13 帰国

ヨーロッパ旅行も最終日。この日は完全に移動日のため、身支度を整えてホテルをチェックアウトし、バスで空港へと向かう。

シャルル・ド・ゴール国際空港第3ターミナル前の「ロワシーポール」のバスターミナルに到着。パリ市内各所へのバスが発着している。

ロワシーポールはガラス張りの近代的な外見だが、内部はコンクリート造りの柱と天井が際立つ、一昔前のようなデザイン。RER B線とCDGVALの乗り場がある。

空港内シャトルのCDGVALに乗車して、搭乗便が出発する第2ターミナルへと移動した。車内チャイムが空港のチャイムと一緒なのだが、女声の歌声から始まるのはフランス国鉄のジングルと共通していて、フランスではそういうのが流行るのだろうか。

空港の通路からTGV第2駅が見えた。ホームの上に新たにコンコースを建設している。

 

第2ターミナルは東西にとてつもなく広くターミナルビルが6つもあり、CDGVALの駅からチェックインカウンターまで随分と歩いた。

手荷物自体はすんなりと預け終わったので、のんびり朝食を摂った。最初の移動はヘルシンキまでのシェンゲン圏内で国内線扱いだから、余裕があるだろうと悠長に食べていた。

店を出て保安検査場に向かうととてつもない混雑だった。搭乗締切の1時間前ぐらいに並んだはずだが、列は進んでも一向に保安検査のレーンにたどり着かない。次第に時計の針は進み、焦り始める。

ようやく保安検査のレーンに着いた頃にはかなりギリギリで、しかも大量の手荷物がX線検査を待っていて余計に時間を食った。なんとか検査を済ませて搭乗口まで猛ダッシュし、ギリギリのギリギリでなんとか到着した。平謝りする我々に対して地上係員のお姉さんが優しく対応してくださり事なきを得たが、危うく乗り遅れるところだったし、スタッフに迷惑を掛けてしまい罪悪感でいっぱいだった。

気を取り直して、ヘルシンキまでの飛行機に乗り込む。

シャルル・ド・ゴール国際空港にはコンコルドが展示されていた。

飲み物のサービスでブルーベリージュースをいただく。フィンエアーの名物(?)で、すっきりとした味わいで美味しい。

3時間ほどのフライトでヘルシンキ・ヴァンター空港に到着。出国審査を通過後は、シャルル・ド・ゴール国際空港での反省から搭乗ゲート前で大人しく待つことに。食事やおやつも売店や自販機で済ませた。

約3時間待って、関西空港行きの便でヨーロッパを離れる。ここまで様々な出来事があったが、総括すれば楽しい旅行であったのでとても名残惜しかった。

夜の機内食で久しぶりにお米を食べた。別にヨーロッパでも食べられるものだが、ここまで食べる機会は無かった。

復路は南回りのフライトだった。2025年9月当時はイラン上空も含めて飛行できていたと記憶している。往路と違いエコノミーだったのであまり熟睡はできなかった。

 

翌朝、機内Wi-Fiでインターネットに接続していたのでTwitterなどを閲覧していると、フィンエアーから1通のメールが届いた。開封するとこう記述されている。

Loading of your baggage has not been confirmed for your flight AY67 Helsinki Vantaa - Osaka Kansai International on 05.09.2025. We are sorry for the inconvenience.

日本語に訳すと、「(搭乗中の)関西空港行きAY67便にお客様の荷物の積載が確認されていません」とのこと。

……はい?

 

まさかのロストバゲージ疑惑。当然ながら貴重品などは入っていないとはいえ、紛失の可能性が浮上して一気に血の気が引いた。とりあえずメールに記載されていた手荷物遅延報告を確認して手続きする。大手キャリアでもこういったことがあるんだと勉強になったが、ショックは大きかった。

これ以上動揺しても仕方がないので、とりあえず関西空港に着陸するのを待つ。

朝食はかなり軽めのラインナップだった。

途中、中国~韓国上空のあたりで大荒れの天気となり、とてつもなく揺れた。あまりの揺れに思わず声が出てしまった。

 

飛行機は無事に関西空港に着陸。スーツケースは2つ預けていたのだが、1つは無事に積載されており受け取ることが出来た。

もう1つの行方はどうなったのか。地上係員に相談しようとした矢先、手荷物受取所のレーンの前で地上係員が我々を探していた。話しかけると、スーツケースはシャルル・ド・ゴール国際空港にあるということだった。ひとまず所在が確認できたことに安堵する。

ディレイドバゲージとなったスーツケースは同じルートで改めて関西空港に輸送するとのことで、自宅に配送してもえるよう手続きをして、税関を通過した。後日、スーツケースは無事手元に戻ってきたので、これで一件落着だ。

 

最後の最後に大事件になりかけて疲れたので、食事をしてから帰宅することにした。日本らしいものが食べたくなり、エアロプラザのなか卯でうどんを啜った。旅行を終え、トラブルも解決が見えて、何より慣れ親しんだ日本食の味に安心し、肩の力が一気に抜けた気がした。

202509欧州旅行その12 パリ

前日の疲れもあり朝はのんびりと過ごして、ホテルから送迎バスでマルヌ=ラ=ヴァレ・シェシー駅へ移動する。

パリ以外のフランス各地や国外へのTGV・ユーロスターが発着するフランス国鉄(SNCF)側の駅舎。

妻がディズニーのショップを物色している間に駅前で待っていると、駅から小銃を持った軍隊か憲兵隊が出てきて周辺をパトロールしていた。前々日の事件の影響だろうか。

RER(イル=ド=フランス地域急行鉄道網)側の駅。パリ中心部へのアクセスはRER A線が担う。我々もA線に乗車してパリ中心部に向かった。

乗車前にイル=ド=フランス地域圏の交通系ICカードであるNavigoをスマートフォンに追加しようとしたものの上手くいかずに苦戦し、時間を食ってしまう。しばらくして正常にインストールできたので、気を取り直して改札を通過する。

駅名標にはディズニーランドの表示とミッキーのアイコン。

全車二階建てのMI09に乗り込み、ナシオン駅まで乗車。快速を飛ばしていったが30分ほど掛かっただろうか。さらにパリメトロ1号線に乗り継ぎ、バスティーユ駅に向かった。

バスティーユ駅近くのコインロッカーに荷物を預け、パリ散策を開始。

パリのターミナル駅をどこか見てみたいと思い、リヨン通りを南下してリヨン駅へと向かった。工事中だったが、1900年のパリ万博に合わせてできた駅舎は歴史を感じさせるものだった。

駅構内。大屋根の架かる広大な頭端式ホームの数々はフランスのターミナル駅の風格を感じる。リヨン駅というと1988年のオリエント・エクスプレス'88の始発駅というイメージで、ここから東京行きオリエント急行が発車していったというロマンに思いを馳せていた。

Z57000形のトランシリアンR線とTGV。低床ホームということもあり、車両のサイズ感が際立つ。

スイス方面への国際列車も停車していた。

構内ではもちろんアナウンスが流れており、SNCFのあのジングルが生で聞けたことに感動してしまった。

 

リヨン駅から次はエッフェル塔方面に移動した。イタリア滞在中はその日の移動や出来事を記録していたのだが、フランス滞在中はしていなかったので記憶がやや曖昧だ。1年も旅行記執筆をサボっていたから覚えていないことも多い。

確かリヨン駅からメトロ14号線でマドレーヌ駅まで行き、8号線でエコール・ミリテール駅で下車したと思う。

地上に上がると天気が悪くなっていた。ランチにしようと店を探すもなんだかパッとせず、決めあぐねている間に大雨に降られてしまった。屋根のついたバス停に避難してしばし雨宿りする。しばらくして雨が止んだので食事は一旦置いておいてエッフェル塔に向かった。

庭園側からエッフェル塔を眺めて記念撮影をし、セーヌ川に架かるイエナ橋側に回り込む頃には天気も回復して青空が見え始めた。

セーヌ川を渡るメトロ6号線の電車。ビル=アケム橋の道路の上にメトロの高架線が建っていて面白い構造だ。

セーヌ川を渡った先にあるシャイヨー宮。

トロカデロ広場から見たエッフェル塔は有名なアングルだろう。結婚式の前撮り(という文化がフランスにあるのか分からないが、それに類する撮影)をやっている人たちもいた。

トロカデロ駅周辺でレストラン探しをしたものの、気になっていた店は長蛇の列ができていて断念。メトロ6号線でシャルル・ド・ゴール=エトワール駅に移動した。

シャンゼリゼ通り。ブランドショップからファストフードまで有名店がひしめき合っていた。

少し進むと、シルバーに輝くルイ・ヴィトンの巨大トランクが現れて仰天した。どうやらルイ・ヴィトン本店横に建設(正確に言えば、既存建築物のリノベーション)中のホテルの工事現場で、その仮囲いらしい。仮囲いでここまでのものを造るとは、世界有数のブランドはスケールが違うというか……。

なお、パリにおけるホテル事業は中止という情報も今年(2026年)になってから出ているが、真偽はよく分からない。ともかく、異様な光景に圧倒されてしまった。

この半月後、大阪・関西万博でフランス館を見学してルイ・ヴィトンをこれでもかと浴びるのだが、その間常にこの巨大トランクが頭を過ってしまった。

何も食べないまま夕方に差し掛かっていたので、近くの「BRASSERIE DES CHAMPS」で食事を摂る。シャロレー牛のタルタル(€18.9)に諸々を付け加えた。

食事の後は外からエトワール凱旋門を見学する。あまりに有名な観光地すぎて、逆に感動してしまった。

凱旋門を見た後は荷物を預けたバスティーユ駅近くのコインロッカーに戻るため、シャルル・ド・ゴール=エトワール駅からRER A線に乗車する。

途中の通路にあるエスカレーター群を見て永田町駅の半蔵門線ホームを思い浮かべたが、あれより大分大きいか。東京駅の総武地下コンコースに降りるエスカレーターのほうが近いかもしれない。

リヨン駅でメトロ1号線に乗り換え。なかなか特徴的なデザインの構内。

バスティーユ駅に戻ってきた。1号線ホームは地上にあり、なんとなく丸ノ内線四ツ谷駅を彷彿とさせる見た目だ。

バスティーユ広場。フランス革命前にバスティーユ牢獄のあった場所だ。

コインロッカーから荷物を回収し、再びメトロに乗車する。

メトロ8号線に乗車。緑色の未更新車と青色の更新車、2色のMF77型が走っている。

オペラ駅で下車する。夕方ということもあり大通りはあちこちで渋滞しており、歩行者や自転車はその隙間を次々と横断していた。横断歩道で向かい側に渡るのも一苦労である。

オペラ座ことガルニエ宮。移動の合間に一瞬だけ眺めた。

オペラ地区からは今夜の宿があるシャルル・ド・ゴール国際空港周辺に行くために空港行きのロワシーバスに乗車した。

このオペラとシャルル・ド・ゴール国際空港を結ぶロワシーバスは、旅行後の2026年3月で廃止となったらしい。理由は利用者の減少と道路渋滞とのこと。確かに乗車したバスの乗車人員も10人以下で、市街地を抜けるまで渋滞に巻き込まれていた。

現在はフランス国鉄トランシリアンJ線のアルジャントゥイユ駅から、メトロ14号線の終点サン・ドニ・プレイエル駅を経由してシャルル・ド・ゴール国際空港までを結ぶ9517番バスが運行されており、パリ市内からのバスによるアクセスはこちらに移行した。

シャルル・ド・ゴール国際空港に到着。第3ターミナルにある「ロワシーポール」に発着する。バスターミナルの他、RER B線のシャルル・ド・ゴール空港第1駅や空港間連絡シャトルのCDGVALがこのエリアに乗り入れている。

さらに別の路線バスに乗り換えて空港の敷地を出て、ようやく近郊のホテルに宿泊した。道中、スーツケース(前々日に破損したのとは別のもの)のキャスター1つが外れてしまい、使えなくなってしまった。ネジも道中のどこに落ちているかわからず、移動に不便を強いられてしまった。

ひとまずホテルにチェックインする。この日がヨーロッパ最後の宿泊だったのだが、何とも後味の悪い幕引きとなってしまった。

前々回の記事であと2つぐらいに収めると言っておきながら長くなりすぎてしまったので、帰国の途に就く翌日以降については別記事にまとめようと思う。

202509欧州旅行その11 ディズニーランド・パリ

前回の記事で書き忘れていた話。

パリに到着してホテルにチェックイン後、テレビを点けて適当にニュースを見ていたら何やら物々しい会見をやっている。Google翻訳でテロップを翻訳すると、国の機関だか地方自治体の何らかの責任者の会見だった。

この日、フランス南部マルセイユで無差別の襲撃事件が発生していた。

正規滞在者による事件で、テロの可能性は低いというものだったが、難民流入や様々なテロ事件が近年増えている。遠く離れた地域とはいえ、日本以上にそのような事件があり得る地域にいるわけだから油断ならない。

 

気を取り直して、翌日。この日はディズニーランド・パリで1日遊んだ。ディズニーランドでの内容は簡潔に記す。

開園に合わせてシャトルバスでディズニーランドへ向かい、開園数分で入場。日本のとは違う景観に海外のディズニーランドに来たことを実感する。

まず向かったビッグサンダー・マウンテンが東京*1のディズニーランドよりスリリングで激しい。ジェットコースター等の絶叫系が苦手なので全力で入場を拒否。妻一人で乗ってもらい少々罪悪感があったが、無理なものは無理だ。

一方で発見もあり、アトラクションの待機列は通常列と一人客専用の列があり、後者は進みが早いのだ。ディズニー好きで一人でも構わず何度も通うような人には、このシステムがあれば有り難みが大きいのではないかと思った。

「アリスの不思議なラビリンス」内からパークを見渡す。園内は東京に比べるとコンパクトだ。

ランドに隣接したディズニーアドベンチャーワールドのメインエントランス「ワールド・プレミア・プラザ」の中。中にはショップ等が並び、豪華絢爛な映画館のような佇まい。

「レミーのおいしいレストラン」。旅行直前に行ったコミケでフォロワーの友人氏におすすめされたので乗ることにした。東京の「美女と野獣」のような4Dライドで、物語の世界を飛び交っているような没入感があった。この映画は見たことがなくストーリーは分からないのだが、それでも楽しむことができた。おすすめしてくださった方に感謝申し上げたい。

パリ版ホーンテッド・マンションの「ファントム・マナー」。

東京から無くなった「スペース・マウンテン」。パリ版は「ハイパースペース・マウンテン」で、宙返りもあるなど東京のものに比べて激しめらしい。こちらも搭乗拒否して妻一人で乗ってもらった。ダメな夫である。

ピノキオの冒険旅行。妻と東京のそれと比較しながら乗っていた。

ディズニーランド鉄道の駅から撮影したパーク遠景。ディズニーランド・パリのランドマークはシンデレラ城ではなく眠れる森の美女の城だ。

ディズニーランド鉄道はどことなく東京のウェスタンリバー鉄道のような雰囲気だ。

夕方になってパレードが開催されていたので見学。

買い物や食事をしながらのんびりと過ごす。黄昏時の眠れる森の美女の城はライトアップも始まり綺麗だった。

夜になって閉園の時間になってから行われるショー「ディズニー・テイルズ・オブ・マジック」を見物。眠れる森の美女の城へのプロジェクションマッピングや噴水、ライトアップ、花火を組み合わせた盛大なショーだ。観覧するゲストのボルテージも最高潮。

閉園後ではあるがショー終了後の帰宅客をミッキーが見送っていた。

 

ラストのショーでボルテージは最高潮。満足して帰宅しようとシェシー駅前のバスターミナルに向ったものの、我々が乗車する周辺提携ホテル向けシャトルバスのりばはとてつもない混雑だった。

日本のような秩序があるわけでもなく、バスが来たら我先にと乗客がバスに押し寄せ、阿鼻叫喚の様相を呈している。一代テーマパーク故様々な国の人がいたが、これは偏見だが某国人っぽい人が盲目的で混乱に拍車をかけてるなあ、と感じてしまった。

おまけに裏のタクシーのりばではタクシーの勧誘がずっと行われている。明らかにぼったくりタクシーなのでひたすら無視するも、堅気じゃなさそうな彼らの風貌も相俟って治安の悪さに辟易してしまった。

バスの本数も多いわけではないので、いつまで経っても乗車できない。結局1時間以上待って、ようやく乗車。日付が変わる前後にホテルに帰還することができた。

 

ディズニーランド・パリに行くならディズニー直営のホテルに宿泊するか、提携ホテルに泊まるなら混雑する前に切り上げたほうが良い、という教訓をお伝えしてこの記事を締めたいと思う。

*1:所在地は千葉県浦安市だが名称にならい東京と呼称する。